「済生丸」の航海~離島の医療と健康維持に尽力~
全国の様々な地域の医療現場を支える団体・済生会。ここ愛媛でも、松山、今治、西条、内子(小田)に拠点を構え、地域住民の健康を日々守っている。そんな済生会には、非常に稀少な特殊医療施設がある。それが“海をわたる病院”こと、瀬戸内海巡回診療船「済生丸」だ。
過去にドラマのモチーフにもなったこの済生丸の役目は、愛媛、香川、岡山、広島の瀬戸内4県が有する多数の離島を定期的に巡回すること。瀬戸内海に浮かぶ離島の多くには島内に医療機関がなく、いざ身体に不調があった際は船や橋を経由し、長時間かけて県本土の病院へ通院するしか基本的には方法がない。万が一急を要する容体・病状の悪化に見舞われた時……取りうる選択肢の幅の狭さは、きっと大勢が想像に難くないことだろう。
だからこそ島民の病気治療と同様に、島民の日々の健康維持も非常に大事な要素となる。定期的な健康診断を受け、日頃から身体に気を使い病気を予防することが、健康を守るための大きなポイントだ。しかし病院が近い環境に住む私たちでも、体調良好時に“念の為”と定期検診に行くのを面倒だと感じることは多い。不便な離島環境に住む人々にとってはなおさら、その為に本土まで行くことは非常に億劫な作業となるだろう。そういった離島住民の、健康維持のための“負”を少しでも取り除くために。あちこちの島々を巡回し移動式の診療所となって、患者の診察や島民の定期検診を行うのが済生丸の大きな役割なのである。
船が1年で訪れる場所は60島1地区(80カ所)。もちろん愛媛県が有する約20の離島もそのうちに含まれる。月内数日間の停泊を除いて船はほぼ毎日運航しており、数十分~数時間かけての航海移動も日常茶飯事だ。島への停泊期間も規模によって様々。島民わずか数十人の島では午前中のみの停泊で診療が終わることもあれば、数千人規模の住民がいる島では数日間に渡って診療を行うこともある。
船に乗る乗船スタッフは運航を担当する船員が数名、残りはすべて医療従事者だ。こちらも島の規模に応じ、人数は十数人から数十人程度まで。医師や看護師、事務スタッフのみならず、検査技師など専門技術を持ったスタッフも状況に応じて帯同する。彼らは医療船専門の人員ではなく、日頃はそれぞれの土地にある済生会病院で勤務しているそう。各部署で代わる代わる医療船での勤務当番が回ってきた際、頻度にして数ヶ月に一度ほどこの済生丸での勤務にあたるという。
船内には待機室や診察室のみならず、検査室や処置室も設けられている。採血や心電図測定も可能な上、レントゲンやマンモグラフィ検査、骨密度測定に眼底検査も船内で実施可能という、非常に充実した診療体制だ。離島住民の抱える様々な病状や複合的な症状すべてに対応するべく、こうして揃えられた診療環境。これらは当たり前のものではなく、長年済生丸が離島医療に携わり続けた実績の上に成立するものともなっている。
離島住民の健康維持の重要性
2023年10月某日。この日の済生丸の主な予定は午前中の離島回診である。前日に香川・高松市の香西から松山市への回航を経て、三津浜から出航した船は約20分の航海ののち、興居島の西部にある小さな島・釣島へと到着した。船での離島診療は原則予約制となっており、島への訪問予定が経ち次第事前に島民にスケジュールの通達がある。定期検診や持病診療など、内容に応じて島民が予約を行い、当日島に停泊した船に時間通り訪れる、という仕組みになっている。
訪れた釣島は人口わずか約30人の島だ。過去には分校となる小学校も存在していたが、現在は地図上に“休校”の文字が記されている。住民が一人一台、車ではなく船を持って暮らす島。ここで暮らす人の多くは柑橘栽培、あるいは漁業で生計を立てる。船の到着にあわせ少しずつ島民が集まる中、港の目と鼻の先に屋外受付を設置し、この日の診療が始まった。
釣島に診療船が訪れるのは年に一度。この日足を運んだ島民の多くは、診療船で健康診断を受けに来た人たちのようである。身長体重測定から採血、検尿採取に医師の問診など。スタッフに船内を案内されながら、およそ20~30分ほどの滞在時間で検診を終えていく人々。中には診療船に初めて乗るという人もおり、物珍しそうに中の写真を撮って船を後にする島民の姿もあった。
この日の診療予約人数は20名弱。2時間半の停泊時間で予約患者全員の診療を終え、船は島を後にする。行きと同じく約20分の航海を経て三津浜に戻った済生丸は、このあと午後にここから東予・今治へと数時間かけて再び回航するという。
規模の大小はあれど、時にはたった20人の患者のために大きな船を休みなく動かし、スタッフを配置して時間と経費を割く。その過程を日々繰り返すことを考えると、この離島回診がいかに採算度外視のものか考えざるをえない。本事業を国や自治体ではなく、一法人が慈善事業として行っている以上なおさらだ。それでもこの国に暮らす人々の健康を等しく守るのが医療現場の責務である以上、済生丸は今日も瀬戸内海での航行を続けるのである。
済生丸の未来と離島医療への挑戦
離島回診事業が始まってまもなく60年。現在航海する済生丸の船体は、事業開始から数えて四代目に当たるという。船の機体の寿命は長くて20年ほどだが、現在の四代目済生丸も運行開始から今年で10年目になる船体だ。当然船の維持費は莫大なものとなるが、各地の離島人口は年々先細りとなっていく一方。この船体が役目を終えた後、五代目済生丸を迎えて離島回診事業を継続するかどうかは、まだ一切先行き不明だそうだ。
すべての人が等しく医療にかかれる環境が当たり前ではない。そんな地方都市の現状を、一体どれだけの人が確かな実感と共に知っているのだろう。それでもその中で、瀬戸内の離島での生活を送る人々の健康のために航海を続ける済生丸。その存在をより多くの人が知ることこそ、多くの負を抱える医療現場の環境改善に繋がる、大きな一歩なのかもしれない。
基本情報
店名
社会福祉法人 恩賜財団 済生会松山病院
住所
松山市山西町880-2
電話番号
営業時間
【午前】初診8:30〜11:30、再診8:00~11:30、【午後】13:00〜16:00(予約患者のみ)
定休日
祝日 日 第2・第4・第5土曜日
駐車場
有