【注目】映画『52ヘルツのクジラたち』公開前に成島出監督にインタビュー

2024.2.14 えひめのあぷり編集部

3月1日(金)全国ロードショーの映画『52ヘルツのクジラたち』公開を前に、本作で監督を務めた成島出監督が来松。多岐にわたるジャンルで、常に高く評価される作品を生み出す成島監督に、編集部たっち―が本作への想いや制作秘話などをインタビューしました。

成島出監督プロフィール

1961年生まれ、山梨県出身。1994年から脚本家として活躍した後、初監督作『油断大敵』(03)で藤本賞新人賞、ヨコハマ映画祭新人監督賞を受賞。『八日目の蟬』(11)は日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞を含む10部門を受賞する。その他、『フライ,ダディ,フライ』(05)、『ソロモンの偽証 前篇・事件』(15)、『銀河鉄道の父』(23)などの様々な作品を送り出している。

『52ヘルツのクジラたち』あらすじ

©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

傷を抱え、東京から海辺の街の一軒家へと移り住んできた貴瑚は、虐待され、声を出せなくなった「ムシ」と呼ばれる少年と出会う。かつて自分も家族に虐待され、搾取されてきた彼女は、少年を見過ごすことが出来ず、一緒に暮らし始める。やがて、夢も未来もなかった少年にたった一つの“願い”が芽生える。その願いをかなえることを決心した貴瑚は、自身の声なきSOSを聴き取り救い出してくれた、今はもう会えない安吾とのかけがえのない日々に想いを馳せ、あの時、聴けなかった声を聴くために、もう一度、立ち上がる―。

試写会での成島監督からのコメント

―この映画を手掛けることになった経緯を教えてください。

成島監督(以下:監督):横山プロデューサーから原作を渡されたのが、この作品を知るきっかけでした。本作が本屋大賞にノミネートされた2021年にはプロデューサーからオファーを受けていたので、制作にかかる流れは早かったですね。本屋大賞を受賞されて、熱が冷めず余韻があるうちに公開したいという想いもありました。そして、本作が文庫本になるこの時期にお見せすることができたのも良かったですね。

―原作者の町田そのこ先生も本作をご覧になったと思いますが、何かお言葉はありましたか。

監督:先生の作品が映画化されるのは初めてということもあり、小説での“地の文”や語りで表現されているところを、セリフや肉体表現で見せるハードルの高さを感じました。2時間の映画で全てを表現するのは難しいですが、原作の大切なところは残せたと思います。制作の段階で信頼していただき、上映中は涙も流されていて、「足りないところを埋めてもらった」という言葉までいただけて感謝の想いが溢れました。


―原作の舞台でもある東京・大分・北九州でロケをされたと思いますが、制作秘話はありますか。

監督:移動だけでなく、センシティブな内容もあって、特に東京でのロケはヘビーでしたね。キャストとスタッフも精神的にしんどくなる場面もありましたが、大分の自然が気持ち良くて救われました。物語を端的に表現すると“再生”していく内容ですから、前半の東京でのロケが、後半の大分でのロケで活きてきましたね。

©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

―本作をキャストのみなさんと一緒に作り上げてどうでしたか。

監督:20代と若い人がほとんどでしたが、作品づくりにおいてキャストの方々と役の向き合い方や意見を出し合うなかで、その姿勢が素晴らしいと思いました。2回のリハーサルも順調にでき、ロケの途中からは不安は感じていませんでしたね。“ベストキャスティング”でした。また、キャラクター背景、私たちは「人生表」と呼ぶんですけど、キャスト自身の心も開いて演じてもらえるよう、その「人生表」を読み解きながらこちらからも役者さんにアプローチしました。

INTERVIEW

編集部たっちーが『52ヘルツのクジラたち』の試写会に参加。「普通」「家族」という何気ない言葉にものすごく意味を感じ、多様な愛の形を考えさせられ、終始涙が止まりませんでした。今回は、作品の内容や成島監督の本作への想いをインタビューしました。

―原作をはじめに読んだときと映画化のオファーがあったときのお気持ちを教えてください。

成島監督(以下:監督):率直に感動しましたが、映画化の声をいただいたときに断ろうかと悩んだくらい、映像として表現するのはかなり難しい作品だと感じていました。ですが、プロデューサーの横山さんから「小説だけに留めず、この作品を映画として全国に届けたい。これは映画監督としても意味があることなんじゃないか」という熱意を伝えられたのも、映画化に踏み切った理由の一つですね。私一人ではとてもできることではありませんから、横山さんをはじめ、多くの人から力を借りて制作に挑みました。

―前日の試写会で、「ベストキャスティング」とおっしゃっていましたが、キャスティングにはどういったポイントがありましたか。

監督:第一に、“演じる人物を愛し続けられるか”という基準がありましたね。もちろん、キャストがその役に合っているかも重要です。キャスティングは総合的に判断するものですから、一つの理由ではなくて、プロデューサーやスタッフさんとも話し合いをして決定しました。


―本作で“セクシュアリティ”などに触れる表現が多々あり、監修も入って制作されたと思いますが、大変な点はありましたか。

監督:どう表現するかは難しかったですが、やはりナイーブな題材で当事者もいるので、映像でも“嘘はつきたくない”と考えていました。「ヤングケアラー」や「トランスジェンダー」の方などに取材をしたり、過去に“セクシュアリティ”に関する作品を作った人にも話を聞いたりと、いろいろな角度から学びました。まずは事実を知って、俳優陣からの考えも聞き、そこからどう映像として落とし込むか。特に、監修が入ったところの表現はものすごく時間をかけました。

―綿密な取材が背景としてあったということですが、それによって今回の作品にどのような良い影響があると思いますか。

監督:映画に登場する人物を救えなくとも“救いたい”という願いはあって、傷ついた“魂”に寄り添うことはできると思うんです。そうすることで、当事者がこの映画をご覧になっても嫌な思いにならず、本作に込めた気持ちが届いて、欲をいえば元気になってくれたり「明日も頑張ろうかな」と少しでも思ってもらえたら良いですね。

 

―本作で“52ヘルツで鳴くクジラ”のシーンがありますが、実際に52ヘルツではクジラには音が届かないのですか。

監督:クジラは遠くからでも鳴き声でコミュニケーションをとることができるのですが、クジラの鳴き声は2030ヘルツが平均で、52ヘルツはクジラの中ではものすごく高いのでどんなに大きい声でも届かないんですよね。ただ、これは自然界のことであって、人間にとってはすごく低く、私たちにも聴こえません。ですが、本作では52ヘルツで鳴くクジラの音をあちこちに忍ばせています。

―そのクジラの音も楽しみに観てもらいたいですね。それでは最後に、本作をご覧になられる愛媛の方たちにメッセージをお願いします。

監督:はい。日常的によくあることだと思いますが、何か美味しいものを食べたり、どこかにでかけたりしていても、一週間経ったら何が楽しかったんだろうと具体的に思い出せないことがありますよね。映画も、観た人の心の中にどこまで残っているのだろうと、私も日常的に気になっているんですよね。愛媛に来て道後温泉に入ったのですが、本作をご覧になった人たちも湯冷めすることなく、心がほっこりするような映画になってもらえることを願っています。

編集部たっちーのコメント

本作を鑑賞し、それぞれの抱えている悩みの大きさや形は違えど、誰もが“52ヘルツのクジラ”なのではないかと思いました。また、多様な愛の形をはじめ、ジェンダーなどを取り巻く問題に対する理解への難しさも感じました。私も“52ヘルツのクジラたち”の声をできるだけたくさん拾うことのできる人間でありたいです。
ぜひ小説と映画のどちらにも触れてみてください。

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