8月30日(金)全国ロードショーの映画『きみの色』公開を前に、本作の監督を務めた山田尚子監督が来松しました。稀有な映像センスと、小さな心の揺れ動きさえも表現する繊細な演出で、今や全世界から注目を浴びるアニメーション監督の一人となっています。「音楽×青春」の集大成となる完全オリジナル長編最新作である本作への想いを、編集部たっちーがインタビューしました。
山田尚子監督プロフィール
2009年テレビアニメ「けいおん!」の監督に抜擢され監督デビュー。数々の社会現象を巻き起こす大ヒットを収める。2011年『映画けいおん!』にて長編映画初監督を務め、第35回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞に輝く。2016年に公開された長編映画監督3作目となる『映画 聲の形』は第40回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞の他、アニメ映画祭としては世界最大規模のアヌシー国際アニメーション映画祭長編コンペティション部門入選を果たした。
『きみの色』あらすじ
高校生のトツ子は、人が「色」で見える。嬉しい色、楽しい色、穏やかな色。
そして、自分の好きな色。
そんなある日、同じ学校に通っていた美しい色を放つ少女・きみと、音楽好きの少年・ルイと古書店で出会う。
周りに合わせすぎたり、ひとりで傷ついたり、自分を偽ったり―
勝手に退学したことを、家族に打ち明けられないきみ。母親からの将来の期待に反して、隠れて音楽活動をしているルイ。そして、自分の色だけは見ることができないトツ子。
「よかったらバンドに、入りませんか?」
バンドの練習場所は離島の古教会。音楽で心を通わせていく3人のあいだに、友情とほのかな恋のような感情が生まれ始める。
やがて訪れる学園祭、初めてのライブ。観客の前で見せた3人の「色」とは。
INTERVIEW
―試写会で本作を観た際、タイトルにある“色”への想いが映像を通してとても大切にされていると感じました。この『きみの色』というタイトルにはどのような意味が込められていますか。
山田尚子監督(以下、監督):タイトルには“あなたの色”という意味と、作中に出てくる“きみちゃんの色”という2つの意味が込められています。観ている方に自由に感じ取ってもらえればと思い、このタイトルにしました。「君の色」や作中に登場する「きみの色」という読み方をしても良いですね。
―数々の原作をアニメーションにされてきましたが、今回は完全オリジナルアニメーションを作ろうと思ったきっかけを教えてください。
監督:いろいろ経緯はありましたが、オリジナル作品を作るからには観ていただく人の時間を拝借するので面白い作品を作らなければと思いました。どういった作品にしようかと考えたとき、自分の足を地につけてしっかり取り組める題材にしたいと思い、“音楽を奏でる人たち”の作品にしようと決めました。
―ライブシーンの演奏は、この3人でしか奏でられない儚さや瑞々しさを感じて心奪われました。音楽や効果音などはどのように選ばれましたか。
監督:やはり“耳ざわりの良さ”は大切にしました。観ている方にとって心地良い音、不安を感じるような音ではなく、気持ちが落ち着くような音を目指して、音響チームと探っていきました。
―そうだったんですね。監督ご自身が3人の演奏を聴いたときのご感想があれば教えてください。
監督:この子たちが演奏する音楽は、プロが作っているものという映画の裏側が見えるような音楽にはしたくなかったんです。この3人が作った音楽だと観ている人に納得してもらえるように、音楽家の牛尾憲輔さんと何度も話しました。難しい展開を組み込むのではなく、練習すれば誰でも奏でられる音楽にしたいと思っていたので、この3人が演奏するシーンができあがったときには、私自身も納得でき、とても満足のできる音楽が作れたと感じました。
―「音楽×青春」が主なテーマになっていますが、主人公を学生にした背景について教えてください。
監督:学生という年代は、柔らかい心でものごとを見ていける可能性がある時期です。でも、柔らかさを持っているけど視野が狭く、見えている世界が限られている。学校の世界や自分の置かれている境遇しか知らず、外にあるものとまだまだ出合っていないと思います。この年代の固さと柔らかさ、狭さと広さが表裏一体であるところに魅力を感じ、学生を描こうと思いました。
―そうだったんですね。音楽といえば、Mr.Childrenが書き下ろした主題歌が公開前から注目されていますが、監督が初めて聴いたときの感想をお聞かせください。
監督:Mr.Childrenさんに主題歌のご相談をしたところ、桜井さんがシナリオを読んで、早速感じた熱をそのまま音楽として表現してくれました。学生時代を歩んだ大人から、今を生きる子たちへの応援歌なのかなと思っていて、とても素敵な音楽だと感じました。
―声の出演について、本作のキャラクターと合わせてどのような点を意識してキャスティングしましたか。
監督:この作品は「トツ子」が物語を動かしていく、引っ張っていく存在なので、まず彼女が持っている「音」が重要だと思っていました。そして、「トツ子」の声を演じる鈴川紗由さんという素晴らしい方と出会えました。「トツ子」を支える「きみ」ちゃんや「ルイ」くんのキャスティングも、作品内で3人でいるときの心地良さを重視しました。また、映画を観ているときの居心地の良さだったりと、様々な視点を大切にしてキャスティングしました。
―人が色で見える「トツ子」について、これは文字や音に色を感じる“共感覚”の一つを意識して作られましたか。
監督:いわゆる“共感覚”というまとめ方をしたくなかったんですよね。特別な能力というわけではなくて、「トツ子」の世界の感じ方や生きていくためにできたルールを描きたかったんです。“曖昧模糊”な感じ方を大切にしました。人を色で感じるだけではなく、人と話すときに受け取るその人ならではのルールを大事にしたいと思っていました。
―確かに、“共感覚”といった枠組みのようなものの捉え方ではなく、「トツ子」というキャラクターも一つの個性だという描き方をされていたように感じました。監督ご自身はそのような心理学などに関心はありますか。
監督:非常に興味深いです。作品づくりは“人の無意識を意識する作業”だと考えています。
―キャラクターのデザインについて、設定を考えて一人ひとりのキャラクターを設立するのか、全体的なストーリーの中で自然とできていくのですか。
監督:物語の意味からは考えないようにしていますね。というのも、キャラクターは実験体ではなく、一人の人間として見ています。決めつけからは入らない。曖昧な印象から探っていく感覚です。なので、物語の展開のために彼女たちの思想は変えないようにしています。
―物語の中で成長していく感覚でしょうか。
監督:物語の中で彼女たちをずっと観察しているような感覚ですね。ストーリーという観点から考えると、自分の描き方などを見失っちゃいますね。
―主人公たちが高校生ということで、自分の過去を遡ると同じような悩みを持っていたり、上手く気持ちを表現できなかったりと共感する部分がありました。
監督:そうですね。だから、一言二言でそのキャラクラ―を説明できない部分も含めて魅力的だと思ってもらえたら嬉しいです。なかでも“「トツ子」自身の開放”というテーマも大切にしました。すごく人のために動くタイプの子だと思うので、一度一人になって、しっかり自分を見据えて落ち着いて世界を見渡せるような、「トツ子」という女の子が自分の見ているものを肯定して大切にできるような描き方にしました。
―大人でも楽しめる作品だと感じましたが、特にこのような人たちに観てほしいという想いはありますか。
監督:欲を言えば、どんな人にも観てほしいです(笑)。学校に通うのが辛いと思っている同世代の方々が観て、少しでも楽になってもらったらすごく嬉しいです。大人が観て、「分かる!」とか「音楽やってみようかな」とか思ったり。何かを始めるのに遅すぎることはないので、何かのきっかけになってくれたら嬉しいですね。
―ライブシーンで流れる曲は、一度聴くと思わず口ずさんでしまうほど印象に残りました。特に監督の好きなシーンや見どころはありますか。
監督:やっぱりライブシーンは楽しいんじゃないかなと思います。良い音が響く劇場で観ていただくと、ライブ会場にいるような熱気を感じられると思います。繊細な作品という印象を持たれると思いますが、実はすごく“音”がカッコいいんです!そこが作品としてのチャームポイントだと思いますので、その部分を楽しんでもらえたら嬉しいです。
―公開を楽しみにしているファンに向けて、メッセージをお願いいたします。
監督:この作品は人の心や感情などの柔らかい部分を描いていますが、そのような繊細な一面もありつつ、ライブシーンはかなりカッコよく、メリハリのある作品です。「面白そうだな」と気楽な気持ちで映画を観にきてもらえたら嬉しいです。
編集部コメント
本作を鑑賞し、山田尚子監督のアニメーションならではの人物の繊細な描写や、タイトルにもある「色」への想いがとても大切にされていると映像を通して感じました。特にライブシーンは監督も仰っていたように、“音”がカッコいい!この3人でしか奏でられない儚さと瑞々しさを感じ、終始心を奪われました。
最新作『きみの色』で描かれる“色”や“音”を、ぜひ劇場で体感してください!